Profile


ごあいさつ

 管理人はタイトルにもある通り、まる。で、福島県生まれの東北育ちであり、雪国特有で濃い味のものが好きというバリバリの東北人である。
幼い頃から地図や運転免許の教本を見ていたりと、変わった子だった。今考えれば、それが「脳内カーナビ」「人間コンパス」と言われる要因となったと思 うし、旅好きになったのだと思う。今も地図を見ることが好きであり、いつも手の届くところにはなんかしらの地図があり、書店に行っても、バイク雑 誌やマンガの次には地図コーナーに足が進んでしまう程である。

 私が初めて二輪車に乗った(記憶がある)のは、幼稚園だったと思う。それもまだ補助輪付きの自転車だった。この自転車は毎日乗っていて、早々に補助 輪を外した。そのころから、地図をただ眺めるモノから覚えるモノになり道を覚えるようになった。日常的に、自転車でできるだけ遠くの電話ボック スへ行き、そこから自宅へ電話をかけるという変な遊びをしていた。
 時は経ち、小学校に入学して3年、初めての自転車を持ち込んでの交通安全教室のときに、ギア付きの自転車を買ってもらったことにより行動範囲がさらに広 がった。まず、学区を無視した遠出の繰り返し。(自転車乗りは、学区内のバスが通る大通り以外のみ可)このルールに弱点を発見。バイパスには、バス停 留所がないため堂々と通行できるなどと、自転車が好きだった。
 中学校にもなると、自転車通学になり片道3㎞の道のりを通学していた。また、ママチャリをロードバイクのごとく、高地を越え山脈を越えいたるとこまで 行った。今思えば、中学校の三年間の走行距離は恐ろしいものになっていたであろう。(メーターをつければよかったと後悔している)また、中学校という年代 になってまでコケル回数がやたらと多かった。実は、このときの自転車のかごは二代目である。決して乗り方が下手なわけではないと思うのだが、なかなかひど い乗り方をしていたからだと思う。氷上自転車レースも今となってはいい思い出である。

 中学校生活も半ば、ママチャリの行動範囲にはさすがに限界があると思い始めていた。前述のとおり、地図を丸暗記に近い状態で覚えていたため、その他の交通機関に目をつけてしまった。高速バス、電車、その他もろもろ。
  思い立ったら、即行動!まずは、南東北エリアから攻めるべく、JRの企画きっぷを手に出かけた。電車から見る風景は、新鮮で見慣れない風景に心をときめか せた。その分、不安も多かったのを覚えている。乗り遅れることや寝過ごすことも数多くあり、大変な思いをしたことも今ではいい思い出であると思う。また、 その土地土地での地域の人との交流もいい経験になった。このように、どんどん旅の魅力に惹きこまれていった。どんどん遠く、まだ見ぬ街へと目指すように なった。

 高校に入り、さらに遠くを目指すようになった。しかし、公共交通機関を使うとなると、たくさんのお金がかかってしまう。また、公共交通に乏しい地域が数 多くあるうえに、時間に制約がある。そのため自由な行動ができなく大変不便な思いをしていた。その時ぐらいから、携帯やPCで旅の情報を集めるようになっ た。その中にYouTubeやニコニコ動画などの動画サイトも含まれていた。数々の動画を見ていくうちにバイクの楽しさが伝わってきた。車の免許を 取った時のおまけの原付免許でいいかと思っていた心を動かした。そこからは、バイクのHPを探しては読みふける毎日だった。そこから、エリミネーターという不人気車を見つけ出した。そこからは、教習所に通う毎日だった。

こんな管理人ですが、どうぞよろしくお願いします。





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